小麦粉惑星

誰かいつもマーガリン潰してる。

電車でみた人

 電車にはいろんな人が乗ってくる。仕事に行く人、家に帰る人、デートに行く人、楽しそうな人も辛そうな人も、みんな一緒の電車に乗る。全然お互いのことを知らないし、知ることもないまま、一定間隔のダイヤに沿って運ばれていく。

 こないだ電車に乗ったとき、こんな感じの人がいたなぁということは思い出せるのだけど、顔はほとんど思い出せない。当たり前だけれど皆それぞれの顔がある。でも思い出そうとすると輪郭はぼやけ、ほぼのっぺらぼうだ。人間はどんなに親しい人でも正確に顔を覚えられないという話をどこかで聞いたことがあるので、電車の中で一度見た人を覚えていないのなんて、普通のことかもしれない。でも、最近とんでもなく印象に残った人が居たので書いて残しておきたい。

 20時くらい、つり革につかまって窓の外を眺めながら乗っていたら、袋のかしゃかしゃした音が聞こえる。目の前に座っている女性がパンを食べていた。コッペパン、卵が挟まってるやつを堂々と食べていた。電車内で飲食をするってグレーゾーンみたいになっていて、非常識に思われることも多い。こぼしたら座席や他人のものを汚してしまう可能性があるし、匂いがどうしてもするから自分はなるべくものを食べないようにしている。だから、コッペパン(玉子)を当然のように電車内で食べている女性をかっこいいなと思ってしまった。空いているわけでない車内で見渡す限りパンを食べている人は彼女以外にいなかった。それでも違和感なく紛れ込んでいる。それでいて、この後電車を降りて、改札抜ければのっぺらぼうになってしまう他の乗客とは違い、あまりにもヴィヴィッドな雰囲気があった。コッペパン(玉子)なのがまた良い。パッケージ詰されたお惣菜パンは総じて体に良くない。添加物と保存料バリバリである。健康と満足感を天秤にかけて、満足感を取る。水色のロゴデザインのコッペパン(玉子)がめちゃめちゃにイカした食べ物に見えてきた。食べ物じみていないあの水色のロゴ。あれはもうアヴァンギャルドだよ。勝手な想像が彼女の格好良さをどんどん加速させていく。結局どんな状況でコッペパン(玉子)を彼女が食べていたのかなんてわかんないし、他人の気持ちはわかんない、何を考えてるなんか知ることもできない。俺も埼京線コッペパン(玉子)を食べれば、その人の気持ちになれるかっていったらそうじゃない。「違い」を持ったまま、「同じ」方面の電車に乗る。交わらないまま電車を降りる。