小麦粉惑星

誰かいつもマーガリン潰してる。

【感想】『水中翼船炎上中』

 燃え上がるものを見たかった、溢れ出すものを知りたかった。

 この本を買ったのは、多分今年の3月くらいだったと思う。ずっと欲しかったのだけど、「今はまだ読むべきでない。」とか「早すぎる。」とか理由をつけて買わなかった。それほど穂村弘17年ぶりの歌集『水中翼船炎上中』への期待値は大変高かったのだ。

 吉祥寺の本屋で『水中翼船炎上中』を買った。今、手元に置いておかないと二度と手に入らないのではと思ったからである(当然そんなことはない。たくさんの本屋で販売されているし、これからも置かれ続けるであろう。)

 買ったその日に途中まで読みすすめるが、圧倒され断念。温存することを決意した。そして3ヶ月の期間を経て、先週木曜の深夜2時に読み終えることができた。

 歌集の構成の力を感じさせる1冊であった。全ての歌でホームランを打つ必要はない、全体で流れを作り出し、ここぞというところで満塁ホームランを打つ。そしてこの満塁ホームランを打つことができる可能性をどの歌も持っている。受け手がどの歌に心を打たれるかはわからない。どの歌も時間や瞬間を色褪せないまま冷凍したような高水準なものである。読者がどう解凍するか、解凍しやすかったのはどの歌か、それによって味わいは変わってくると思う。

 最新書き下ろしの歌も多く、歌人穂村弘の衰えない技量は感じられたのだが、構成の妙で輝いた以前に作られた歌もやはりあった。

 穂村弘のインタビューや短歌論の本でよく触れられる構成に関する内容がやはり実践されているのだなと思った。

 何度も見たことのある歌であったが、面白いなと思ったものを少しあげていきたい。

 

電車のなかでもセックスをせよ戦争にゆくのはきっと君たちだから 

 

オール5の転校生がやってきて弁当がサンドイッチって噂

 

 いつか戦争に行くことがあるかもしれないと漠然と思うことはないだろうか?僕はよくある。現代の視点で、戦争を詠むとこういった歌になるのではないかな。戦争は恐ろしいが、電車の中でもセックスをする若者も恐ろしいし、おぞましい。けれども同じベクトルの恐ろしさではない。「電車の中でもセックス」をしても良い理由としては100点満点である。面白い。

 次の一首は、穂村弘が自分の本で引用しているのをよく見る一首である。「こういう奴いたなー。」とか「いそうだよなあ。」みたいな感想を持った。小学校や中学校では転校生の登場がちょっとしたイベントになっていた。見た目とかハーフだとか、制服が違っているだとか別にバカにするわけではなくて、なんとなく噂になっているみたいな感じ。閉じられたコミュニティに新しい存在が入ってきた時の反応がリアルだ。

 これらを含むどの歌も、切り取られた瞬間の解像度が高かった。情報は劣化してしまう、データ化された情報も本当にいつまでも残り続けるのかわからない。短歌を通して瞬間の情報を保存する。あとがきにもあったのだが、時間は巻き戻らない。

 今後読む人のために触れなかったが、「家族と自分」をモチーフとした歌がこの歌集にはかなり収められている。自分の人生と切り離せない親の人生があり、思い出がある。どれほど愛しい存在であってもそれは永遠には続かない。

 歌を読んだ人が何か感じたり、考えたりする。すると凍っていた瞬間が解凍され、鮮やかに燃え上がる。憧れが、嬉しさが、懐かしさが燃え上がる。タイムマシンのない僕たちができる時への逆行はこれしかない。